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Dec 30, 2012

アニメ版ガンダムUCについて

以前、ガンダムUCアニメ4巻を視聴した時、散々に酷評したわけですけど、その続き。5巻を見てなんとなく、アニメスタッフがやりたかった事というのが見えてきました。

アニメ版バナージの哲学はいわゆる『非殺』なんですな。だからこそ4巻での「撃てませぇん!」だし、5巻でも意識的に、バナージが絶対相手を殺さないようにしてるという描写が成されてました。

…ので、脚本の流れとしては納得できたんですが、自分好みの展開ではない。

 

ガンダムで非殺キャラといえば、散々叩かれた種・種死のキラですね。俺も嫌いなんだがね。

そもそも戦場、つまり多人数の戦いでの『非殺』というのは、自分だけは手を汚したくない、というただの自己満足に過ぎないわけです。1対1の戦いならともかく、戦場では自分が殺さなくても、どっちみち他の奴が殺すからね。また『非殺』を貫いた為に、より多くの犠牲が出る結果になる事は、戦争ものではよくある話。

ここら辺の議論を突き詰めると、マキャベリズムだとか、太平洋戦争で戦争を止める為に原爆を落としたのは正しかったのかとか、そういう際どい議論に行き着くんですが、まあそれは置いといて。

 

原作のバナージは『非殺』ではなく、より多くの犠牲を止める為には、殺しを受け止めるキャラにまで成長してます。だからといって殺人を肯定するわけではなく、出来るだけ犠牲を少なくしたい、という考えで『「それでも」と言い続けて』います。

だからこそ6巻(アニメ4巻)で、ダカールの被害を抑える為に、躊躇なくシャンブロにビームマグナムぶっ放しましたし、一方で5巻(アニメ3巻)のダグザさんに対する「自分が死ぬのも、人が死ぬのも冗談じゃないって思うから、やれることをやってるんでしょう!」という台詞が生きてくるわけです。

そこら辺の葛藤と成長が、小説版バナージの魅力でもあったわけですが、アニメ版では単なる『非殺』キャラにされてしまったわけで。やっぱこの方向性は嫌いだな自分は。

 

話としては最終的に、敵であるフル・フロンタルを『殺す』事になるわけですが、そこら辺アニメ版でどうするのか、気になります。散々『非殺』言っといて、フル・フロンタルに対してだけ普通に殺しに行ってたら、もう自分としては、このアニメ認められなくなるなぁ。

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