Jul 19, 2014

昨日の暗号日記

...so the Tower fell into ruin in the cause of vanishment of the one's magic.

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Jul 05, 2014

時計の針

久々の暗号日記。

 

幼少の頃に止まった時計の針を、動かした気分はどうだ?

繰り返すが、これは物語ではない。ここからさらに、細い分差路が待っているのだ。

先に迫る、黒と白の混濁流を、泳いでいく体力と気力は整えてあるか? 覚悟が出来ているなら、これより先へ進みたまえ。

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Oct 26, 2012

今後の方針

結局のところ問われているのは、この社会で生きていく覚悟がどれくらいあるか、である。

 

諸事情により、今後の人生の方針を、2週間以内にまとめなければならない。まとめようにも頭が混乱しているので、まずは文書化することで、情報を整理する必要がある。このエントリーには、そのような意味がある。

また、他者にその情報を公開する事で、様々な意見を聞ける事を期待している部分もある。そのような意味もあって、あえて今まで暗号文化していたものを、そのまま書き出してみる。

 

 

問われているのは、どのくらい就労に付く意欲があるか、である。残念ながら、自分の意欲の分量に都合よくあった求職が、社会に存在するわけではないので、方針もある程度、選択制になってしまう。ちなみに、具体的な選択肢は私もよく分かっていない 。

焦点となるのは、私の生涯の目標である「自立」に対する答である。要は、どれくらいの時間消費で、どれくらいのお金がもらえるか、である。もちろん、将来的にそれが続けられるのか、生きていく為の技術はどれくらい身につくのか、といった要素も問題になってくる。 最終的に、自分で自分の身を支えられないのなら、リハビリを含め、このような一連の活動をやっている意味などないのだから。

 

さて、私が就労するとして、問題となるのは実のところ、たった一点なのだ。しかも、具体的である。一言で「対人関係に問題がある」というと、大雑把過ぎて人によっても色々な問題があるだろうが、私の場合は、いわゆる「合わない」人間に対する対処である。

…馬鹿馬鹿しいが、本当にそれだけである。それだけの事で、幾度となく仕事で、体を潰しているのだ。ここでいう「合わない」というのは、自分が意識下で、実質「敵」と看做している人物である。

そのような人物と居る事によってかかるストレスが、一般人と比較にならないほど大きいのではないかと考えられる 。生憎、私は「一般人」から遠く離れている存在なので、どれほどの差があるかなどは分からない。ひょっとしたら、同程度であり、これもただの愚痴に過ぎないのかもしれない。

 

ちなみに今までの経験から、どのような人間を、私が合わないと感じ、「敵」と看做すか、パターンははっきりしている。頻繁に正当である意見を述べるが、そこに感情を乗せてくる(あるいはそう私が感じるだけ?)人間である。言い方を変えると、正論で人を押し潰すタイプに、本能的に私は敵意を抱くのである。

そこまで分かっていながら何も出来ないのは、基本的にそういった人間は、自分より社会的に立場が上の人間であるからだ。しかも、このタイプの人間は、この社会にごまんといる。そして、そういった考え方、いわゆる正論は、社会的には正しいものである。

自分で間違っていると思う方向に進む人間がいるだろうか? 少なくとも私は、より正しい方向に進まなければならないと、常々感じている。故に、敵意などといった感情は捨て置いて、正しい意見は受け入れなければならない。

 

 

以上の問題点を踏まえた上で、今の現状を振り返ろう。

…少なくとも、今までの人生の結果を見る限り、私の夢である自立というのは、本当に大それた夢であり、本来は抱く事すら許されない希望だという事が分かる。さらに時間は有限であり、未来の可能性も残り少ない。それは散々、忠告を受けたはずだ。

 

今の自分の立場を、改めて見てみよう。繰り返し言っているが、この社会において、自分で生きていく力のない人間に、生きていく資格はない。ただ、人は可能性の生き物ゆえ、未来の可能性を信じて教育・支援が行われる。

だが、これを人物に対する投資という視点で見るならば、今の社会はあまりに「損切り」が出来ていなさ過ぎる。私も、社会の大多数の人間も、そこまで人の潜在力、可能性といったものを信じていない。厄介なのは、人権というあいまいな言葉であり、この概念が、社会に邪魔な存在を切り捨てるのを阻害する。

この社会で日々、命を削って生きている人間から見れば、保険などのような自分に利益のあるものを除けば、社会福祉など糞喰らえであろう。今の社会は社会福祉に力を入れすぎており、その結果、あまりに疲弊している。日本国憲法第25条に、下手に国民に対する生存権の保障が記されているばっかりに、それが拡大解釈されて大変な事になっている。

人が人を助ける気持ちが社会を作るなどというのは、幻想だ。この社会は基本、ギブアンドテイクによって成り立っている。優しさなど、この社会においては、むしろ生きていくのに邪魔となるファクターである。

 

…自分のような、社会に全く貢献していない人間に向けられている感情というのはつまり、そういったものだ。だから、急がなければならない。この社会において、最低限の構成員として認められるか。あるいは死か、である。

 

 

以上、考察である。これらの現状を踏まえた上で、自分はどれくらい「頑張れる」のか、を計算しなければならない。期限は2週間である。急がねばならない。

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Oct 11, 2012

Limbowalk D8

四たび暗号文。

 

本格的にまずい。このままだと、トロッコから転げ落ちる際に、どれほどの怪我を負うのか想像も出来ぬ。これならばいっそあの時、感情を殺さず爆発させていたほうが、よっぽどマシだったかもしれない。

今はもう、この感情をどう処理したものか、そしてどう延焼を防いだものか、それのみに集中している。とてもじゃないが、他の事に思考を割いている暇などない。

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Oct 07, 2012

Abysscall D6

三度、暗号文。

 

地獄は過ぎた。だが、ここからが本当の地獄だ。

このまま、破滅の道に向かって進むトロッコに乗り続けるか、どんな犠牲を払ってでも、このトロッコから飛び降りるか。二つに一つ。

 

何も傷つけずに、前に進む事など出来はしないのだから、もはや腹を括るしかあるまい。さもなくば、生ける呪詛の爆弾として、いつか甚大な被害を出す事となるだろう。

そうなる前に、私の勇気…あるいは「我侭」が、私の臆病さ…あるいは「優しさ」を打ちのめさん事を祈る。

 

ちなみに、ここに書くまでもない事だが、この現代において「優しさ」とは褒め言葉では決してなく、むしろ貶し言葉ですらある。

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Oct 04, 2012

Gehennacrawling D4

再び暗号文。

 

俺の体、正直すぎワロタ。いくら理性でガチガチに固めたところで、体は感情に敏感に反応する。

生理学的に言うと、交感神経がストレッサーに反応して、俺の胃腸がマッハ。フレンドリーファイアが治まったところで、副交感神経が働いて胃腸復活。人は10秒で胃潰瘍になるという話を、信じる気になったよ。

 

それで、『味方』の件。ここまではっきりした反応が出ると、流石に無視もしていられない。正直、どうしたものやら。幸い、Iさん(旧)とアポが取れた為、精神的な安定性は保たれるかもしれない。

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Oct 01, 2012

Hellscape D1

久しぶりの暗号文。

 

正直、予想以上にきつい。具体的にはフレンドリーファイアがきつすぎる。

December's nightmareの二の舞にならない事を祈りたい。

…まあ、期間中請け負った以上は、約束は果たすさ。その後、俺の肉体・精神や人間関係がどうなろうが、そんな事は俺の知ったことじゃないがな。

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Aug 29, 2010

また一人、独身者が減った…

いや、戸籍上はとっくに終わってたんだが。

 

今日は、妹Mの誕生日兼結婚式でありました。つまりあれだ。「誕生日に結婚式したい!」という分かりやすい思考回路の元、行われた結婚式であります。

 

妹Sは神前式でしたが、妹Mはキリスト教式でした。つーか、現代日本の典型的なウェディングプランと言えば、分かっていただけるかと。

とりあえず、宣教師が外人の人で、片言の(いや、ちゃんとしゃべってたけどアクセントが微妙な)日本語で、式を進めて行く様は、結構シュールでした。賛美歌を歌ったりしたら、気がついたらバスのパートを歌ってた。身についた習慣って怖い。

 

その後披露宴。とりあえず料理は美味かったです。

で、だ。

 

 

ここからちっと真面目な話になる。スピーチとかやるじゃないですか。妹Mのスピーチを聞いていて、感じた事を少々。

同じ家族環境で、似た立場にあって、感じる事も同じなのに、その後の考え方は全然違うんだな、という事。少なくとも、笑って飛ばせる強さは私にはない。何はともあれ、妹Mがもはや、独立した思考と立場を築いているのは確かである。

…さて、私はどうしたものか。ちなみに、他の理由も重なって、一昨日あたりから、左肩の痛みが以前ほどまで戻ってしまっていたりする。糞痛ぇ。

 

 

それはそうと。最後にムービーが流されて、新郎新婦から出席者へ、一言ずつのメッセージが流されたのですが(ちなみにこのムービー、直前に撮った写真撮影やらフラワーシャワーやらの映像。数時間で処理したのかこの会場。すげえ)。

他の人には会場を仕切ってくれた友人たちへの感謝の言葉であったり、また遊びに行こうねみたいなメッセージであったり、相手によってはすっげーシリアスに感謝のメッセージが記してあったというのに。

俺の名前の下にあったメッセージ。

「またカレー作って食べさせてね」

…。

とりあえず、今日一番ショックな出来事であった。何? 俺といって、思いついたのがカレー? 確かに正月にインドカレー作って食わせた事あるけどさ、え? それが俺に対する結婚式のまとめのメッセージなの? 他に何も無かったの?

 

…そーかー。俺って「カレーの人」ってイメージだったのかー。つーか、兄としての威厳は何処行った。威厳って何それ食えるのか(滝涙)。

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Mar 09, 2009

夢と死の境界

警告:FD-UG

 

 

今回の日記をギャグテイストにまとめるべきか、シリアスにまとめるべきか、少々迷った。だが、このBlogの本質が私の日記、記録である以上、シリアスとしてまとめざるをえない事に気が付いた。

 

さて、皆さんは、ゲームやアニメのキャラクターが夢の中に出てくる事があるほどに、オタク病を重くこじらせているだろうか。

私は、そこまで重度のオタクでは無いつもりだが、それでも過去、2~3回ほど、そんな夢を見た事があった。…気がする。何しろ、夢というのは記録しておかないと、すぐ忘れてしまうものであるが故、記憶には無いんである。

 

久しぶりに、ゲームのキャラクターが出てくる夢を見た。普段ならそのままにしておくところだが、この夢は、私の心理分析に大きな意味を持つと判断したので、以下に記録する。

 

 

音楽学校に入った夢だった。入学式、2~3人の入学生がいて、その中に私がいた。入学式に、その時の実力で出来る作品(音楽)の発表会を開いていた。入学式が行われていたのは、都心のビルだった。

その最中に、入学式に欠席していた生徒の一人が、ビルの6階から飛び降り自殺を試みた。

119番通報し、私はその肥えた身体(デブだった)を救急車へ運んだ。

 

そして場面は変わる。

卒業式直前だった。同じ場面で、私はその男と話していた。死んだと思われたその男は、実は死んでいなかった。ただし、身体は手しか動かない状態だった。

彼は卒業制作を作りつつ、実は死を望んでいた。そして、自分の作品の発表最中に、同じように飛び降り自殺を図った。それを私と同級生が止めた。止め切れなかったが、今度は飛び降りたのは4階な上、身体は車のボンネットに当たりクッションとなったため、死ななかった(ところで、実際にこんなことが起きたら、クッションとなったはいいが、跳ね返って別の地面に当たり、かえって重症となる気がするのだが、流石は夢の中である。まるで漫画のように、そのまま車の上に乗っかって止まった)。

 

私は彼を説得し、言った。「お前よりも私の方が、この世で生きている価値が無い。だから手術で、頭と手以外の身体をお前に移植しよう」と。当然彼は断り、死のうとしたが、説得に説得を重ね、ついに彼の死への願望を取り除いた。

現代の医学では、頭から下(より正確には腰から下と上腕部)を取り除いた人間が生きていけるはずが無いことは分かっていた。つまり、私は死ぬつもりだった。だが、周囲の人間はそれに気づいていないようだった。だから誰も止めなかった。

それを良い事に、手術する前に誰かがその事実に気づいても止められないように、関係者全員(親など)に契約書にサインさせた。

 

誰も気づかず、私の実質上の自殺への道(しかも身体は無駄にはならない、より価値のある自殺だ!)は達成されたかのように見えた。

その手術の直前に、私の目の前に現れたのが、八雲紫だった。彼女は私から契約書を奪い取った。

 

何故止めるのかと、彼女を詰問した。彼女の友人のバックグラウンドの事は当然知っていた。それでもこれは、私の問題だ。誰にも止める権利はないし、これは人として正しい事だと主張した。だが、妖怪である彼女にその理屈は通用しなかった。

彼女は、いつもの気味の悪い微笑みを浮かべたまま、目の前で契約書を燃やした。私の、死への願望を満たす計画は、永遠に失われた…。

一方で、自分の中に常に、死を恐れる強い感情がある事を知っていた。その感情が、中学校時代から今まで、私をこの世界に留めていたのだ。そして、安堵する自分がそこにいた。

 

 

そこで目が覚めた。

 

注1:死のうとした生徒は、どうやら外見的モデルは、中学校の時の某同級生と、音楽学校時代の某同級生を足して2で割ったような感じだった。

注2:この夢を見た日、そしてこの日記を書いている今も、実は抗うつ剤を2日程抜いている。その為、精神的に不安定…あるいは本来の私に近い状態、となっている。これが、この夢を見させた直接の要因だろう。なお、以前一度だけ3日程抗うつ剤を抜いた事がある(忘れもしない、愛知万博の直後だ)。その時は、家を出て放浪し、そのまま死んでしまおうと考えた。実際、夢の中に記したとおり、死を恐れる感情が自殺願望を打ち負かさなかったら、そのまま「蒸発」していただろう。

 

 

さて、この夢には、私の精神世界を分析する上で、重要な情報が詰まっているような気がする。私の死への姿勢、周囲の人間に対する狡猾さ、今の自分がやりたい事、興味を持っている事…。

重要なのは…私が彼の自殺を止めた理由は、「彼が死ぬべきではない」「自殺は良くない」などではなく「彼は私よりはまだ生きる価値がある」ということである。つまり、本質的には私は彼を見下していた。さらには、常に周囲の人間を見下して生きていたのだろう。単に、それ以上に自分自身を見下しているだけなのだ。

なお、目が覚めている今、死のうという気持ちは、表面化しないほどに抑えられている。それでも、自分に価値が無いという考えだけは、そのまま残っている。

 

いかんせん、夢の中に出てきたのがゲームのキャラクターなせいで、どうしてもギャグ的な部分を取り除く事ができない。少なくとも、日記に記さなくては、と私に思わせるほどに重要な夢であったのは間違いない。だが、この日記を書いている時には既に、細かい部分は記憶から抜け落ちていて、記す事はできなかった。それほどに、夢とは忘れやすく、心の深い、奥深い無意識の部分を映している。

 

 

なんというか、姪っ子Hの5歳の誕生日を無事終えて、気が緩んだのであろうか。この無意識が夢ではなく、現実世界の私の心理に働きかけていたらと考えると、少々恐ろしい。

あえて、ギャグでこの日記を締めくくらせて頂くとするならば…どうせなら夢の中にはゆかりんじゃなくて、ゆゆ様本人に出てきて欲しかったなぁ。

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Feb 03, 2008

フラッシュバック

あかん。

久しぶりに中学校の頃の事を思い返してたら、一気にぶり返しが来た。

外を見れば、嫌がらせのように雪が降ってるし、横になってみれば、肩どころか身体中が激痛。

脳細胞に刻み込まれた行動パターンは、眠りすら苦痛に変えてしまうというのか。何という呪詛。これが邪気眼とかじゃなく、実際に自分の身体に起こっていることだから嫌になる。精神と肉体の関係性は、未だに医学で完全に解明できてないわけだからなあ。

 

 

夢に現れるのは俯瞰視した自分の姿。

絶望的な能力の無さ。何度も何度も自分の存在意義を振り返る。

自分の居なくなった世界を想像する。それは、自分が存在している時と比べ、何か差があるのだろうか。答えの無い間違い探し。

 

世界の声が呪いのように、脳内に鳴り響く。

生きる力の無いものは滅びろ。それが世界の摂理。だというのに、お前はなぜ生きている? なぜまだ、生きていられる? どれだけの犠牲を払って、今そこに存在している? それだけの価値が、お前にあるのか?

 

過去から、飽きるほど繰り返されてきたこの問い。答えは、行動で示す以外に無い事は知っている。なのに、身体は動かない。どうして、この世界に生まれてきてしまったのだろう。

 

 

以前と比べ救いとなるのは、たまに姪たちの姿が脳裏に浮かぶ事。それすらも姪たちの成長とともに、やがて消えていくのかなぁ。

一度目のドロップアウトは数ヶ月。二度目は2~3年。そして三度目…未だ復帰できず。このまま俺は朽ちて逝くんかねぇ。

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